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鬱、およびその周辺的状態について

 大変ご無沙汰しておりました。

 現在、私が中心になって、ZEROのシステムをより多くの方に知ってもらうべく組織造りを進めています。

 twitter(@mrzeroproject)やアメブロ(http://ameblo.jp/zero-blackdragon/)などで、本件についてお話ししておりますので、もしよろしければご覧ください。


 さて、今回は前回に引き続き、鬱そしてその周辺的状態についてお話し致します。

 「鬱病」という病気については、医学上も正確な定義は出来ないようです。

 そこでアメリカの精神医学界やその他の高名な先生たちが、現場の医療で用いる診断基準を定めています。

 しかし本稿では、鬱病の定義に敢て拘らず、いわゆる次のような症状が見られる場合には、その周辺的状態として広くお話しさせて頂きたいと思います。

 ですので、今後は混同や誤解を避けるため、「鬱病」という語を用いず、「鬱的状態」という記述で統一させて頂きます。しかし、この「鬱的状態」というのも、私の個人的経験やその後接する機会を得たクライアントさんの体験から抽出したものですので、非常に主観的、属人的なものであることをご了承ください。

 また、何度も繰り返しになり恐縮ですが、ご自身の症状について安易に独断による診断をせず、「少し深刻かもしれないな」と感じられたら是非心療内科なりの専門医による治療をお受け下さい。


※鬱病の診断基準の詳細については、下記サイトなどをご参考下さい。

 http://www.utuban.net/medical/standard/standard02.html


【鬱的状態】

(1)特に大きな理由が無くても、むしょうに悲観的な思いに囚われる
(2)朝、目が覚めても、どうしても布団から出られない
(3)働こうとか、勉強しようとかの前向きで生産的な活動に対する意欲が全く湧かない。あるいは湧いたとしても非常に短期間でその気持ちが消滅してしまう
(4)気付くと、数時間以上も何もしないで部屋の中にいた
(5)特に食生活を変えた訳でもないのに、体重の増減が著しい
(6)睡眠、食事のリズムが完全に壊れている
(7)落ち込んでいたりするのとは反対に、苛立ちが長時間治まらない
(8)貯金が底を尽く、あるいは部屋に食べるものが無い・・・にも関わらず、何とかしなくては、という気持ちが全く起こらない
(9)世の中や人生が耐えられないほど複雑なものに思える
(10)「死」を考えていた自分に気付き、驚く
(11)以上の様な状態が10日~20以上続く

・・・etc.

 まあ、事象的な例を上げればキリはないのですが・・・


 こうした状態を、私が指導を受けたシステムでは、次のような観点から分析します。

 1.

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鬱病からの脱出-前書き

皆様、本当に温かいコメントならびにメールを頂戴致しまして、本当に本当に有難うございます。

頂戴したメールには、少しずつになりますが、必ず返信致します。

コメントの形式で頂いた方には、気軽にお返事をお返ししていいのか分からず(blog上に公開されてしまうので)、この場をお借りして御礼申し上げます。

これからも末長くお付き合い頂ければ幸いです。

また、再掲になりますが、もしよろしれば、お気軽に私宛までメール下さい。

メールアドレスは、mr.zeroproject@gmail.comです。



さて、今回から複数回にわたって、読者の皆様から頂いたメールで最も質問が多かった「鬱病」について、私の経験も踏まえて少しお話しさせて頂きたいと思います。

ZEROと私のストーリーは、まだまだ先が長くなりますので、取り敢えず閑話休題ということでお許し下さい。


先ずは、言い古された言葉で大変恐縮ですが、あえて「前書き」ということでお話しさせて頂きます。

「鬱病は心の風邪」と云われるぐらい、誰でも大なり小なり経験する可能性のあるものです。

WHO(世界保健機構)が定める健康の定義に100%該当できる人なんて中々いないでしょうし、ましてや、心の健康を客観的定義で計測することはそもそも無理な相談です。

私が接する機会を得た多くの成功者と呼ばれる方々も、例外なく、いや却ってそういう立場にいらっしゃる方だからこそ、心、感情の浮き沈みの振幅には多大なものがあります。

それを、意志力で抑え込んだり、自らの感情を納得させる(悪く言えば誤魔化す)技術を用いたり、外から見れば飄々と悩みなど無いように見える人でも、一人自宅で孤独に悩んでいらっしゃったりするものです。

しかし、その中でももはや社会的生活の一切が無理になってしまうような深刻な状況に陥る方もいて、そうした方には、「風邪」などという表現では軽く聞こえてしまうようなこともあるのです。

人は「風邪」で死んでしまうこともあります。

鬱病に過大な不安を抱くこともありませんが、ご自身で深刻だと思われた場合には、是非、独りで闘おうとなさらず、億劫がらずに信頼できる心療内科などを訪れることをお勧めします。

数回のクリニックへの訪問で嘘のように治ってしまうこともあるのです。

人の感情や心は、小手先のテクニックでそう簡単に誤魔化しきれるものではないと思います。

是非、勇気を持って、誰かに相談されることを強くお勧めします。



かつて私が、某専門学校の教壇に立っていた頃のことです。

受け持っていた講義に参加されていた18歳の学生さんが、突然亡くなられました。

線路内への飛び込みによる自殺でした。

彼は、学校で私の顔を見掛けると、いつもにこやかに会釈をしてくれるので、私の印象に残っていたのです。

彼が亡くなる前日も、私は彼と短い立ち話をしています。

その時交わした会話の内容については正直覚えていません。

翌日、学校へ講義の為に赴くと、職寝室で彼が亡くなったことを聞かされました。

原因は、未だに分かりません。

私は、酷く動揺しました。

正直にお話しすると、その動揺の原因は、私が彼と特別親しかったからということではありません。

もっと親しく接していた学生さんは他に何人もいましたし、彼とはいつも当たり障り無い、短い会話に留まっていた程度の関係でした。

それなのに、自分でも思ってもみなかった程の動揺が私の中に生じました。

私の動揺の原因は、彼の死が私の日常の中で、あまりにも「あっさり」と起こったことに対してだったのです。

もちろん、彼の死が、彼自身の中で「あっさり」であったかどうかは知る由もありませんし、もっと近しい関係にあった彼の友人達に対しては、何かしらのシグナルを発し続けていたのかもしれません。

しかし、私にとっては、前日の彼との立ち話の中では、何のシグナルも素振りも見出すことは無く、いつものように微笑みながら会釈して別れた記憶しか無いのです。

そして彼は、「あっさりと」私の日常から永遠に姿を消してしまいました。

その喪失感、無力感は、この文章を書いている現在でも、ありありと思い出すことができます。


そしてその経験からおよそ10年後に、今度はとても親しくしていた経営者が、自社の経営難、資金難を理由に、私の世界から永遠に姿を消してしまいました。

彼が経営に苦しんでいることは度々聞かされていました。

私は彼に、自己破産をするなり、事業を整理して、一度ゼロに戻って再起を図ることがいいのじゃないか、などと相談に乗ったりもしていたのです。

それでも彼は、愚痴をこぼしながらも、闘志を失わずに懸命に頑張っていました。

彼の愚痴を聞きながらの半年が過ぎた頃、2週間ぶりに彼と会い、喫茶店に入りました。

その時の彼は、何か憑き物が落ちたような爽やかな表情を浮かべていて、私は、『ああ、少しは流れが上向きになってきたのかな・・・』なんて印象を抱いたのです。

会話の内容は、『未だに辛い状況に変わりは無いが、諦めずにもうしばらく頑張っていくつもりだ・・・』というようなことでした。

そして彼と会ったその翌日、二人の共通の知人から彼の死を知らされました。

いま考えれば・・・、本当に「いま考えれば」なのですが、彼と最後に会った喫茶店の会計の時に、それまでなら、『俺はいまどん底に金が苦しいんだから、オマエが奢ってくれよ』なんて軽口を叩き、私が支払いを済ませるのが、ここしばらくの流れだったのですが、その時は、『いつもオマエにばかり払わせてしまって申し訳ないから、今日は俺が払うよ』と会計を彼が済ませたのです。

その時の私は、『ああ、やっぱり少しは楽になってきたのかも・・・』ぐらいにしか思っていなかったのです。

でも、その翌日に彼は死んでしまった・・・

彼のシグナルだったのかもしれません。

でも、私は気付いてあげられませんでした。

後で聞いた話では、彼は少し前から、自身の死を決め、ある程度計画的にそれを実行したようです。

それでも、遺された私にとっては、「突然の死」だったのです。


後悔と喪失感・・・

自殺は、遺された者にずっと続く苦しみを与えます。


今の時代、「まとも(鬱病なんて自分には関係ないと言い切れる状態)」でいられることの方が不思議な気がします。

強烈な生物としての生存エネルギーを要求される過酷な社会にも関わらず、その本能的な生存エネルギーが創出する負の部分の存在を一切否定してしまう社会(この点については、また詳しくお話しさせて下さい)

これからお話しするのは、私の個人的な経験を踏まえ、ZEROから学んだことを私なりに解釈して、私自身が鬱から脱出した経緯です。

私の個人的な経験が、皆様のお役に立てるかどうか、心許ないところはありますが、私自身、何度か「死」を考えました。

自分自身の無力さ、無価値さに悩み、苦しみ、そしてその悩みや苦しみすら無駄なことに思えてきて、ただ息をしているのが辛く、何冊も成功哲学の本を読んだり、苦労して借金苦の中から這い上がり大経営者になられた方の自伝を読んだりしながらも、冷静に考えれば考えるほど、自分が再生していく可能性はゼロだということを思い知らされ、そして布団の温もりに身を委ねる・・・

あれは、本当の地獄でした。

そもそも、このblogを書き始める動機の一つに、今の社会、そして地獄に囚われていた頃の自分に対する強烈な反発心があります。

「もう二度と、今後の人生で、見えない何か、自分がコントロールできない何か、見えない不安、おぼろげな社会システム、自分自身の不安定で信頼できない感情などで、自分の人生を翻弄されたくない!風に吹かれる枯葉のような人生を歩みたくない!」

「人は、自分が望むような人生を創出できる能力とエネルギーを持っている」

私は、この認識をZEROのお陰で持つことができるようになりました。

この認識は、世の成功哲学本が書いてるようなコンビニエンスさで、決してお手軽に手に入るものでは無いと思っていますが、それでも、生意気だと思いますが、言わせて下さい。

「人は、自分が望むような人生を創出できる能力とエネルギーを持っている」

だから、決して独りで苦しんだりしないで下さい。

心の病を甘く見ないで下さい。

良く、戦争中の経験とかと照らし合わせて、「そんなものは・・・」なんて言う人がいますが、ナンセンスです。

そして、決して「死」を選ばないで下さい。

私は死後の世界を信じますが、信じようと信じまいと、「死」はいつか必ずやって来ます。

現在、この地上で生きているおよそ60億人の人は、百年後にはほぼ確実に誰も存在していません。

読者の皆様の平均世代が、30代、40代の方が中心だと仮定した場合、その前後の世代、即ち20代、50代の人達は、もっと短い回数の正月を迎えた後には、確実にこの世を去ることになります。

ですから、「今」でなくていいのです。

もう少し、今までとは違った方法を試してみる価値はあると思います。

どうしても苦しくて、堪らなくなった時は、一旦その場から逃げてもいいと思うのです。

今の自分ではどうにもならない理不尽なことも、後から考えれば些少なことに変化してしまうこともあります。

理不尽な事態に真っ向から立ち向かえるだけの強さと能力が、今の自分には無さ過ぎると判断される場合には、一旦その状況を避けるべきです。

多少の無理や背伸びは、自己の成長にとって必要な要素だとは思いますが、「過ぎる」ことを強要されると、その歪みは必ずどこかに現れてきます。


長い前書きで失礼致しました。

次回は、鬱を含め、もっと幅広く無気力感や生命エネルギーの不足について、その類型についてお話ししたいと思います。




近況報告とお知らせ 2010年1月1日

皆様、長らくご無沙汰しておりまして、大変失礼致しました。

両手を骨折してから骨自体は無事に接合されたのですが、神経を痛めてしまい、どうしてもキーボードをタイピングすることが出来ませんでした。

一本指タイピングなども試してみたのですが、右手中指の複雑骨折と左手人差し指の手術のギプスが最後まで残っていた事に加え、新たに手首を固定する器具を付けていた為に、どうしてもミスタッチの連発で思うようにならず、結局諦めてしまいました。

やっと何とか、全てのギプスも取れ、気温が低い時の外出時などに、手を冷やしてしまわない限りは、特に痛みも無い状況にまで完治致しました。

御無沙汰していた間、読者の皆様には本当に温かい励ましのメールやコメントなどを頂戴致しました。

アクセスカウントなどを見るたびに、「こんなに更新も出来ていないのに、前とほぼ変わらない人数の方がこんな私の拙いブログを見に来て下さっている・・・」と思うたびに、激しい責任感と嬉しさ、温かさが込み上げてきて、いてもたっても居られない気持ちになりました。

出しきれない思いが貯まりに貯まった分、今年は書きますよ!(笑)


さて、改めまして、新年明けましておめでとうございます!!

来年の話をすると鬼が笑うかもしれませんが、この1年間で皆様と一緒にどれだけの成長が出来るか、本当に楽しみにしています。

また、ブログ更新の件でご迷惑をお掛けしてきましたが、いま流行りのTwitterに「zero」の名前でアカウントを開設致しました。

http://twitter.com/mrzeroproject

からフォローして頂けますと幸いです。

近況報告とお知らせ 2009年11月5日

皆様


長らく、ブログを更新できず、大変申し訳ありませんでした。

実は、大変お恥ずかしいお話しなのですが、趣味のロッククライミング中に滑落致しまして、両腕と片足を骨折致しまして、しばらく入院しておりました。

何とか、携帯端末などで、ネットを見ることはできたのですが、何分、石膏等で指先から方までグルグルに固められていた為、タイピングなどが一切できませんでした。

私の拙いブログを楽しみにして下さっている方には、大変失礼なことになりましたこと、深くお詫び申し上げます。

何とか、本日石膏を外すことが出来ましたので、取り急ぎご報告とさせて頂きます。

今後は、メルマガ発行を通じ、更新などについてはご連絡させて頂ければと存じます。

また、温かいメール、コメントなども頂戴しておりまして、返信もできず大変失礼致しました。

また、本日から更新を頑張っていきたいと思いますので、今後とも何卒ご愛顧頂けますよう、心よりお願い申し上げます。

東京 聖路加病院にて


進化への準備 肉体編① ~苛立ちが止められない~

前回からの続き・・・


ZEROに対するほのかな尊敬心を抱き始めた僕は、次の行き先で何が起こるのか、期待に胸を膨らませながらCafeを後にしました。

タクシーを呼びとめ、先にZEROが乗車し、後から僕が乗車しました。

ZEROは、運転手さんに行き先を告げると、腕を組んで目を閉じ、黙りこみました。

僕は、無言の車内に妙な居心地の悪さを感じながらも、彼に声を掛けてはいけないのだと思い、到着まで黙っていることにしました。

ものの15分ぐらいで車は目的地に到着し、運転手さんがそのことを僕たちに告げました。

ZEROはちょっと前から目を開けていたようで、すぐに料金を支払い、僕たちは車を降りました。

車を降りると、ZEROは一言も発しないまま、スタスタと歩き始めます。

僕は、彼の後ろについて、やはり無言で歩きました。

(何だか急に機嫌が悪そうになったなぁ・・・)

そんなことを考えながら歩いていたら、すぐに目的地である空手道場に着きました。


ZEROは入口で一礼すると、そのままスタスタと相変わらず無言で中に入っていきます。

嫌な感覚を覚えながらも、僕も彼に倣いました。


道場の主らしき、体格のいい40代半ばぐらいの方が奥から出て来られました。

ZEROは彼と挨拶を交わすと、チラリと僕の方を見て、僕に聞こえないような小声で、道場主と話し始めました。

道場主は、最初から今日の訪問を了解していたようで、2、3度、ZEROの言葉に頷いてみせると、すぐに僕たちを、一階のメインの道場らしき場所ではなく、二階の小さな道場の方へ案内してくれました。

ZEROと二人でその道場に入りました。

空手の道場ですので、畳などは引いていない床張りでしたが、奥に掲げられた神棚などが、大学空手部時代の雰囲気を思い起こさせ、ちょっと懐かしい感じがしました。

しかし、相変わらずZEROは無言です。

僕は、やっぱりさっきのCafeでの態度が彼を怒らせていたのではないか?、

本当は彼も僕の指導なんて引き受けたくないのに、紹介者である大物氏の顔を立てて、嫌々ここまで連れてきているのではないか?

なんて心配が頭をよぎり始めました。


彼は、道場の奥から古い使いまわしの空手着を引っ張り出してくると・・・

なんと!

それを、ポーンと僕の顔にぶつけるように、投げてきたのです!


その瞬間、僕の弱気な心配は、決定的な怒りに変わりました。

いくら、指導する側とはいえ、あまりにも失礼だ!!


こちらの表情を伺おうともせず、背を向けるZEROに対して、僕は声を発しました。

「ちょっと待って下さいよ!何なんですか、今のは・・・」


ZEROはこちらにくるりと顔を向けると、まったくの無表情な顔で、信じられない一言を言い放ちました

「何か問題でもあるのか?」


突然のタメ語です(笑)。それまでの涼しげな微笑みと丁寧な言葉遣いはどこかに吹き飛んでしまっています。

明らかに暴力的な匂いを充満させています。

僕は一瞬怯みました。


「何か問題があるのかって、聞いてるんだけど?」 ZEROが再び声を発しました。

もう、完全に僕を威圧しようとしています(笑)。

僕は、緊張で顔を赤らめながら、それでも言い返しました。

「道着を投げつけてくるなんて、あまりにも失礼じゃないか!」

すると、ZEROは今度はヘラヘラと笑いながら、馬鹿にしたような口調で、

「失礼?じゃあどうして欲しいの?」

「そっちこそ、どうしたいんだ。俺を馬鹿にしていて、嫌々指導してるんだったらもう結構。これで失礼してやるよ!」

「へぇ またそうやって『怒ったので、帰ります』って?さっきと一緒だね」

もう、まともに話す気も失せました。

僕は、道場の入り口に向かって、スタスタと歩き始めました。

ZEROも止めようともしません。

靴を履いて階段を降り、一階の玄関を通って外に出ました。


玄関を出て20メートルほど歩いていると、後ろから声を掛けてくる人がいます。

振り向くと、先ほど僕らを道場に案内してくれた、道場主の方でした。

「究極さん、ちょっと待って下さい!」

「はい、どうしました?」

「良かったら、ちょっとだけでも私の話を聞いてみませんか?」

僕からしてみれば、初対面のこの道場主は、あくまでもZEROの側の人間です。

「いや、もういいです。済みません。色々ご迷惑を掛けちゃって・・・」

「いやいや、迷惑とかそんなことではないんです。それに、別に私が究極さんを無理やり引き戻しに来たとか、そういうことでもないんです。ただ、ちょっとの時間でいいから、私と話をしてみませんか?私も以前、彼の指導を受けた人間なんです。○○さん(ZEROを私に紹介してくれた大物氏)のことも私は良く存じ上げています」

「ああ・・・○○さんのお知り合いなんですか・・・(彼の名前が出ると、ちょっと弱くなる僕です)」

「近くで食事でもしながらどうですか?」

(食事だと長くなりそうだったので・・・)

「あ、それならお茶でもしながらで、如何でしょうか?」

「そうですか。じゃ、近くの喫茶店にでも行きましょう。道着を着替えてくるので、ちょっと待ってて下さい。すぐに戻ります」

彼を待っている間、一体自分は何故こんな事態に巻き込まれているのか、なんてことを、どこか他人事のような感覚で、ツラツラと考えていました。

道場主は、すぐに戻ってきました。

「お待たせしました。それじゃ行きましょう!」


次回に続く・・・








プロフィール

究極男道

Author:究極男道
大手コンサルティング会社在籍中に日本各地で起業セミナーの講師や経営学に関する書籍を執筆。
その後独立し、中小企業の資金調達や株式公開に関するコンサルティング会社を経営するも、ものの見事に失敗。
どん底の日々を経験する。

現在は、自己の地獄からの復活を踏まえ、各種セミナーの企画、運営や個人へのコーチング指導を行う。
顧客には芸能人など、有名人が多数。

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